僕のしくじり10年の記録①

下記の文章は、
僕が2026年の4月にメルマガ読者宛に書いたものです。

ーーー

2016年、26歳で起業して今でちょうど10年。
その間、古着物販やビジネスにまつわる本を出版社から3冊出す機会に恵まれたり、
起業したことでいろいろ良い目も見た。

ありていな言葉だが26歳まで夢も希望も持てず、

人生に絶望しながら生きてきた俺だが、
この10年を振り返るとたくさんのしくじりがあり、
人様に迷惑もかけてきた。
そのことを正直に書こうと思う。

そうしないとこれから先の一歩が踏み出せないような気がする。

だからこれは自分のためだけに書く。
いつも読んでくれる読者に価値を得て欲しいと思って文章を書いてきたが、
今回はなんにも考えず、とにかく本音を書いていく。
とにかく吐き出さないと、自分がおかしくなりそうだから。
正直に書きたい。

この10年、俺は幸せだったのだろうか?

金を稼いで、楽したくて起業し、
その目標自体は達成したと思う。

でも、心の底から幸せだ!とは到底思えないのが現状だ。
そして今、俺はまた途方に暮れている。

今の俺が毎日どう思って生きているかを表すと。

つまらない。
退屈だ。
将来が不安だ。

金さえ稼げればハッピーになれるって信じて、

そこそこうまくいったはずなのに。
10年もやった、やり尽くした感がある。

でも、スッキリしない。
達成感もない。

手放しで自分のことを認められない。

なんだよ、
また振り出しに戻った気分だ。
なんか重大な間違いを犯したんじゃないか。
俺はずっと勘違いしてたんじゃないか。
そんな気分にずっと苛まれている。

俺はずっと、嘘をついてきたのかもしれない。

周りのみんなに、
メルマガの読者に、
そして自分に。

何かをずっとごまかしている。

そしてまた限界が来たんだ。
偽りなく、

正直に書いてみたい。

俺が不幸なのは、
貧乏だから、金がないからだとずっと信じてきた。

だから起業したときも、

とにかく金だった。
金金金。
金の亡者。

そしてお金を稼いだその先のことは何も考えてなかった。

金があればすべての問題は解決すると思い込んでいた。

でも今思うのは、
金はただの金だ。

使わないとただの紙切れ。

いつの間にか、

手段と目的がごちゃ混ぜになっていた。

古着物販のコンサルでは、

「そもそもなぜそれをやりたいと思ったか考えよう」
などと偉そうに言っていたのに、
当の本人がそもそも金を稼ぐ目的を見失っていたわけだ。

なんという皮肉。
笑える。

いや笑えない。

もしかしたらこの文章は、

僕のように
金さえあれば幸せになれる
と信じて、
いろいろなビジネスや副業やなんやらの情報を
追っかけている人には
なにかヒントになるかもしれない。
僕もまだ、トンネルの中にいる。
トンネルの出口にたどりつきたい。

ーーー
起業したきっかけは消去法だった。

当時の俺は会社を辞めたばかりで、
今よりも相当アホだった(今もアホだが)。

給料が手取り15万で、
とてもじゃないが一人暮らしが金銭的にできなかったため、

同じく貧乏な友達二人と都内でシェアハウスをしていた。

家賃は4万。4畳くらいの狭い部屋。

なんの当てもなく勢いで退職したため、
まず精神的にすごく落ち込んでいた。

俺はこの先どうなるのだろう。
何度目かの、人生でぶち当たった壁だった。

昔から本を読むのだけは好きで、
たくさんの本を読んできた。

その中で、たまたまその時に読んでいた本が2冊ある。

その2冊とは、沢木耕太郎の「深夜特急」と、

ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」。

「深夜特急」は当時の僕と同じ26歳の青年が、

仕事を辞めバックパッカーで世界旅行に出るノンフィクション。
「思考は現実化する」は、自己啓発書の元祖と呼ばれるような本で、
それまでその類の本を読んでこなかった自分がなぜか興味を持って手に入れた。

僕は迷った。

沢木耕太郎のように世界一周の旅に出るか。
それとも、…。

迷った末、結論は出ないまま
とにかく日銭を稼ぐために部屋中の不用品を売っていたら、

それが古着物販に繋がっていった。

そして時は流れ、
結婚し子どもが生まれ、

俺は旅に出るチャンスを永遠に失ったわけである。

36歳の今では、

リュックサックひとつで
海外を放浪しようなんてまったく思わない。

タイミングを逃してしまった。

2016年当時は
ネット上に古着を売る方法なんて載ってなくて、

単なる思いつきで「古着転売」なんぞでっちあげ、
勝手にブログに書いていた。

最初は全然うまくいかなかった。
古着も売れなかった。


それでも、バイトしながら日々の失敗談をブログに書いていたら、

少しずつアクセスが増えてきていた。

何にも考えてなかった。

ある日色々調べていたら、
Twitterに古着を売ってるっていうおじさんを見つけ、

コンタクトを取ってみた。

2万円で教えてくださいと頼み込んだ。
でもその2万円がなくて、後払いでお願いした。

今考えると冷や汗が出る記憶だ。
でもそのおじさんは優しかった。
いいよ、と快諾してくれて、半日ノウハウを教えてくれた。
そのやり方に、俺は目から鱗が落ちまくった。

そのおじさんはヤフオクで趣味性の高い古着を売っていたから、

俺はライバルになりたくないのでメルカリで流行りの古着を扱うことにした。

そうするとこれが面白いように売れるのである。


俺はワクワクした。


学生時代いじめられっぱなし、

会社勤めもできなかった俺。

自己肯定感がめちゃめちゃ低かった自分でも、

はじめて金が稼げたからだ。

「これならとりあえず生きていけるかもしれない」

「先のことは相変わらずわからないけど」

そんな気になった。

そしてそこからは思いの外スムーズだった。
毎月コンサルの依頼が舞い込むようになり、
バイトを辞めることができた。

会社を立ち上げ、
古着スクールをつくった。
大規模な古着卸の会社と提携し、
本を出した。

順風満帆だった。
なんの不安もなかった。
毎日おもしろかった。
仲間も増えたし、
すごい人たちとも出会えた。

そして、

飽きた。
全てに飽き飽きした。

もう、ずっと実はうんざりしてたんだ。


ちょっと…怖くなってきた。

こんな本音を書くのははじめてで、怖い。

でも書く。

何にうんざりしたのかって、
毎日の繰り返しに。

俺の1日はだいたい決まっている。
朝9時ごろに起きて、
30分単位のコンサルをする。
だいたいいつも3人くらい。

ほかの時間で仕事のミーティングがあったり、
なんやかんや。
実働は3時間とかだ。

あとの時間なにをしていたか。
ずーっっと本を読んでいる。

最新のビジネスの本。
自己啓発書。
小説、エッセイ、詩。
スピリチュアル、宗教。

興味のある分野の本を、
延々読んでいる。
それを繰り返している。

自由で、楽である。
そもそもそういう生活が理想だった。
一度やってみたかった。

でもやってみたら退屈だった。

理想だと思ったのに、
いざ実現したら楽しくなかった。
この生活を死ぬまで維持するのか?
死ぬまでやりそうだった。

楽だから。

ソファに寝そべって本読んだり
映画見るだけだ。

そりゃ楽だ。

でもつまらない。
飽きてしまう。

でもほかに趣味なんてない。
旅行はもう行きたくない。

いいホテルにも海外のリゾート地にも行ったけど、
世界中どこに行っても同じような風景で、
次第に興味を失った。

家に引きこもっていたい。
根が怠惰なのだ。
やりたいことなんて何も出てこない。

その生活が欲しくて、必死で手に入れたはずなのに…。

じゃあ視点を変えて、

俺はなんでそんなに本を読むのか?
たぶんあなたが想像する以上に、
俺はずっと本を読んでいる。
活字を追っかけている。
執着している。
依存している。

なぜか。

考えた。
見つかった。

俺は、

根っこでは
自分に価値がない
と思っているからだ。

36歳の今でも、

13歳でいじめられた時のまんまの内面で、
自己肯定感が恐ろしく低い。

今は誰もいじめてこないのに、

ずっといじめられっ子モードで人生を送っている。

人が怖い。

多分、周囲からそうは見えてないかもしれない。

そう見せないように

強がって、イキがって、
人生楽しいフリをして生きてきた。
自信があるように演じてきたんだ。

でも本当には、俺はいつも不安だ。

自分には価値がないという思い込みが拭えない。

自己肯定感の低さは、

いくら知識を溜め込んでも、
本を1万冊読んでも、
お金を稼いでも

高くはならなかった。

外側から何かを得ても埋まらないのだ。


自分のことを好きになれないのは、

あくまで内側のことだから。

俺はそのことに薄々気づきながらも、

気づかないフリをして
ごまかしつづけてきた。
全部、自分の弱さである。

ーーーー
おい、俺よ。
この10年間、何やってたんだ?
ただ金だけ稼ぐことに時間を費やして、
何を得たんだ?

ただサボって

楽して
満たされなくて。
これからどうするんだよ?


って、思うけど、

もう一方では、

いいじゃん別に、どうでも。
っていう投げやりな自分もいる。

振り子のように心は行ったり来たりだ。


そして結局10年、楽なほうに流されまくって、

古着物販というビジネスに飽きて、
そして、何をこれからやろうと途方に暮れている。

10年やって、10年前と悩みが変わっていない。
元に戻った感じだ。


金は今はあるが、
このままではいずれ無くなるだろう。

結局、金を稼いでも何ひとつ変わらなかった気がする。
問題を先送りしただけで。

俺の問題は、

自己肯定感が低いこと。
自分に価値がないと思い込んでいること。
だから、そこに向き合うしかなかった。
が、やらなかった。

目を背けた。
本当の自分と向き合うのが怖かったから。

金を稼げば幸せになれるのかという問い。

僕は金を稼いでも幸せにはならなかった。
おそらく収入は幸福度と直結はしない。

暮らしは楽にはなった。

けど、楽と幸せは違うんだよね。

いろいろブログやメルマガで偉そうなこと言ったり、

コンサル生にもさも人生の勝利者っぽく
上から物を言ってきた自覚があるけど、
本当に恥ずかしいよ。

全然俺はまだ何もわかっちゃいない。

でも、
書いてみたらスッキリした。
自分に向き合ったら、
少しだけ前向きになれた気がする。

ーーーー
読み返しも推敲もしないまま、
本音を書き殴ったらこんな文章になってしまった。

暗すぎる、と思う。
でも、普段の俺はこんな感じでネガティブだ。


これ読んでくれた人がいるかもわからんけど、

読んでどう思うのか、
それを考えるとまた怖くなってくる。

ブログで公開する勇気はまだない。
全世界に曝け出すのは無理だ。

こんなん書いてどうなるんだよ、
意味ねえよっていう
気持ちがまたぐるぐる始まる。

これから何をやろうかは決まっていない。

まだ未定だ。

いまあるお金が尽きるまで何もしないかもしれない。

すべてを放り投げて発信もやめるかもしれない。

また何か始めるかもしれない。


やるとしたら、

次は金の稼ぎ方ではなく、
本当の人生の生き方
みたいなことを発信していきたいのかもしれない。
わからんが。

たぶん俺は、

人と関わるのは好きだ。
古着物販を教えて、
感謝されたときには
少しだけ自分のことも好きになれた。
よかった、と思えた。

俺にしか救えない人がいるのかもしれない。

いないのかもしれない。

自分に価値がない、

という呪いはお金では解けない。
たぶん、誰かの役に立つことでしか解けないのだ。
これが今のところの、
どん底まで落ちた俺が出した、
答え。

誰かのために生きる。

誰かを笑顔にする。

そうすれば、

少しは生きててよかったと思えるだろう。

不安は常にある。

36歳のオッサンなのに、
13歳のいじめられっ子のまま生きてるなんて、
本当に恥ずかしい。
みっともないと思う。

でも、もし何かを始める時は、

次こそはせめて正直でありたい。

俺は自分の気持ちに蓋をして、

さも人生うまく行ってるような嘘をついてきた。
これからは、
本当に正直に、生きていきたい。

13歳の孤独で無力で泣いてばかりいる自分のために。


以上。

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この記事を書いた人

35歳/湘南在住/作家/育児/古着卸/経営コンサルタント/経営者/古着物販/古着物販スクールクラスタ、VIntage Buyer College代表/古物商

大学卒業後、新卒で入社した会社を上司のパワハラにより退職。アフィリエイトやAmazon転売などのネットビジネスに失敗したのち、古着物販ビジネスで起業する。「古着の仕入れ、ネットでの販売、梱包・発送」の大部分を自動化し、金銭的・身体的・時間的自由を手に入れる。現在は会社員を中心に、学生、主婦、フリーランサー、経営者など、新規事業立ち上げやマーケティングを視野に入れたビジネスマンへのセミナーを開催。また全国で500名を超える生徒が参加する、マーケティングを軸に古着物販を総合的に教えるビジネススクールを運営している。

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