大学時代、警備員のバイトをしていた僕は社会の真実を知った

こんにちは。しーなです。

今日は大学時代のバイトエピソードシリーズ第二弾。

正直いくらでも書くネタはあるんですが、

警備員でバイトしてた時の話をします。

 

就職活動が終わった、大学4年の時期でした。

コミュ障だった僕としては、

人間関係が毎回リセットされるのが楽で、

単発派遣のバイトばっかしてたんですが、

バイト代が安いのが不満でした。

 

なんかいいのないかな、

と思って適当にタウンワーク見てたら、

マンガ喫茶の看板持って立つバイトと、

警備員が目に留まりました。

両方めちゃんこ楽で、サボり放題っぽいイメージがあったからです。

だって看板もちも警備員も立ってるだけじゃないですか。

はい、クズの思考ですね笑

 

だからどっちでもいいやーと思って

面接場所が家の近くだったので警備員を選択。

 

警備員は実際に働く前に、

4日間くらい研修があって、

制服着て簡単な勉強とか挨拶の練習とかをします。

色んな人がいましたね。

 

元ヤンキー、現オラオラおじさん系、

会社倒産orクビになったおじさん系、

おじいさん系、

ここには書けない系、

コミュ障の学生一人←僕です。

 

雑多な人々の集まりでしたが、

ちょっと社会不適合者ばっかな臭いがして、

同じくクソダメ人間、思いっきり社会不適合者の僕としては

案外居心地が悪くなかったですね。

 

それはそれでまずいだろって思うんですが、

バリバリ仕事できまっせ!な人ばかりいそうな会社とか、

大学楽しい~~~ウェイウェイ~~~!!な居酒屋とか、

可愛い女の子とかっこいい男子がいっぱいいるお洒落カフェとか、

大学生に人気のバイト先では当時の僕には絶対働けません。

いやー無理、無理無理。

まず輪に入れません。

そういうところはまずバイト先の候補にも挙がりませんでしたが!

 

そんでまあ研修も終わり、現場で働きはじめたわけです。

警備員は色々種類があるんですが、

僕は工事現場の中でトラックを誘導したり、

入口で歩行者を安全に通行させたりする仕事でした。

 

警備員は底辺だった。親を悲しませる。友達には嘲笑される

バイトをはじめたころ、

大学で所属していたゼミの飲み会に参加する機会がありました。

僕は授業を欠席しすぎて

単位をもらえるか微妙だったので、

ゼミの教授に媚を売っとこうと思って

行きたくもない飲み会に行きました。

 

普段参加しない僕が珍しく飲み会に来たので、

なんやかんや質問されるわけです。

「しーなくんってバイトとかしてんの?」

的なことを同級生の女子に聞かれ、

「今は警備員のバイトしてるよ。」

と言ったら、

ドン引きされました。

 

質問してきた女子だけでなく、

会話が耳に入った他の人たちも僕の方を見て、

何こいつ、なんでそんなバイト好き好んでわざわざしてんの、

頭おかしいんちゃうか。

みたいな感じで場が一瞬凍りました。

 

さーっと全体の会話が途切れたんです。

僕も背中に嫌な汗をびっしょりかきました。

 

教授に媚を売るのもそこそこに飲み会から逃げ出し、

その後彼らと一切コンタクトを取ることを避けました。

まあ避けなくてもコンタクトされないんですけどね。

 

また、母親に警備のバイトしてるよー。

って言ったときも、

母親も「なんでそんな仕事すんの!」って言ってました。

ゼミの人たちはドン引き、

母親は悲しみと怒りがこもってましたね。

せっかく苦労して大学まで行かせたのに、

どこで育て方を間違えたのかしら。

そういうニュアンスが含まれていました。

父親は黙ってテレビ見てました。

 

職業に貴賤なしっていうけど、

きれいごとだな、そう思いました。

僕は警備員のバイトは何も考えずに済むので好きだったんですけどね。

一番続いたし。

警備員の先輩「悪いことは言わねえ。仕事変えろ!」

で、仕事はじめるまで全然知らなかったんですけど、

警備員って社会的にも底辺(だと扱われる)仕事だし、

現場の中でも底辺的立場だったんですよ。

 

その現場は大きいマンションを作る工事だったんですが、

いろんな職人さんがいます。

解体する人とか、大工さんとか、電気工事の人とか。

 

で、警備員はその色々な労働者の中でヒエラルキーが一番下なんですよ。

ピラミッドの底辺なわけです。

もう超バカにされます。

 

ちょっとなんかあったらぼろくそに怒鳴りつけられるし。

あれはヤバイですね。

 

もう日常的にバカにされまくるんで、

長くやってる警備員の先輩とか、

全員人生諦めてるオーラ出まくりなんですよ。

この人感情あるのかな?ぐらい暗い人ばっかです。

 

自分の仕事が嫌いだし、誇りを持てない。

僕は大学生だったんで現場では最年少でした。

警備のリーダーとか、その他の先輩のおじさんたちが

毎日のように言ってくるんですよ。

「悪いことは言わねえ。仕事変えろ!」

「若えうちからこんな仕事してんじゃねえよ。」

って。

恐怖ですよ率直に言って。

 

じゃあなんであなたは40歳にも50歳にもなって、

警備員の仕事なんかしてんのよ。

人生諦めてんのかよ…。

僕のような青二才の言葉より重さの違う言葉でした。

 

おじさんになって、警備員以外に仕事がない。

会社をリストラにあって、やる仕事がないから仕方なく警備員やってる。

お前は俺みたいになるなよ。

そういうメッセージですからね。

 

僕は将来どうやって生きていこうか?

ちゃんと働けるのかな?

ってずっと悩んでいたので、

こんなおじさんたちみたいには絶対なりたくないと思いました。

パチンコと携帯ゲームと風俗の話

あと異様だったのが、

作業の休憩時間です。

お昼休憩でご飯を食べた後、

すみっこで缶コーヒー飲みながら煙草を吸うのが日課だったんですが、

もう周りの会話がすごい。

パチンコと携帯ゲームと風俗の話しかしない。

これマジです。

本当にあった怖い話です。

僕はギャンブルもゲームも風俗も興味ないんですが、

職人さんたちは来る日も来る日もその話ばっか。

ゲラゲラ笑って。

嫌だー!!!

俺はこの世界にもやっぱなじめない!!

人生終わってるやん。

と、僕も人のことを言えないのですが思ってました。

 

警備員は楽なんですけど、

ずっと外なので思いっきり天気に左右されます。

真夏は暑くてぶっ倒れそうになるし、

冬は寒くてホッカイロいくつ持ってても手足の感覚が無くなるし、

雪が降ったら延々雪かきですよ。

歩行者が転んだら責任問題ですからね。

ネットビジネスを始めなかったら一生みじめだったかもなぁ…

今日僕は家で仕事してました。

気分転換に近所のカフェに行く途中、

工事現場で警備員の人が立ってたので

懐かしくなってこの記事を書こうと思いました。

 

あの時から時間は経ちましたけど、

警備員のバイト時代から考えると、

想像もつかなかった仕事を今はしてんだなーと、

ちょっと笑ってしまいました。

 

僕はお金が欲しかった。

だけど、「長時間働く」以外にお金を稼ぐ方法を知らず、

朝から夕方まで働いて、そのまま連続で夜勤やって次の日の朝まで働くとか

無茶やってましたからね。

 

それで2万くらい稼いで、

俺はやったぞ!!!働いたぞ!!!

みたいに浮かれてたので、

まあなんというか、

無知というのは罪だなと。笑

 

死ぬほど疲れるのでしょっちゅう体調壊してましたし、

何よりそんな働き方ができるのは若いときだけですからね。

アラサーの今は絶対無理です。

 

今は朝9時に起きて夜の24時にはだいたい寝てますし。

自分の時間は100%自分の自由に使える。

暑い日も寒い日も家にいれば関係ない。

 

ああ、自分でビジネスはじめてほんとによかった。

ネットビジネスを知らないままだったら、

今の僕はどうやって生きてたんでしょう?

一生、底辺職で人にバカにされながらみじめな気持ちで生きてたんだろうか。。。

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僕はかつてブラック企業の社員でうつ病寸前になり、退職後は引きこもりのどん底状態が続きました。
アフィリエイトやAmazon転売など、
数々のネットビジネスでことごとく挫折したあげく、最後にたどり着いた古着転売で成功をつかみ、毎日の労働から解放され自由を獲得しました。

僕はもともとビジネスに才能があったわけでもなければ、しゃべるのが得意だったわけでも、文章を書くのが得意だったわけでもありません。

どんな人でも稼げるし、新しい世界があることを知れば誰でも自信を得ることができる。

僕しーなが慣れて、そして月収200万を稼ぐ過程を下記の記事では公開してます。

月収200万になってみて。ビジネスの軌跡と理念を語ってみた

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ABOUTこの記事をかいた人

古着転売ヤー/古着転売塾クラスタ代表/バイヤー/コンサルティング業 誰でも簡単に成果が出せる「古着転売」の情報を発信中。 もともとはブラック企業でこき使われてたクソアホ会社員。 ドS上司のパワハラに耐えきれず無職になったのち、古着転売に出会う。 ズブの素人だった僕がどうしてビジネスで成功できたのか?