【黒歴史】ネトゲ廃人になって貴重な中学高校の4年間をドブに捨てた話

今日は若き日の黒歴史を晒そうと思います。

 

僕は中学2年生の時から高校2年生の、

14歳から17歳までの貴重な時間を、

ネットゲームにはまってドブに捨ててしまいました。

 

両親が超ケチ。子供の時に外食をした経験がほとんどない

僕の家は貧乏でお金が無く、

両親がケチだったので、

全然お金を使えなかった。

子どものころに外食の経験とかほっとんど無いんです。

 

ファミレスは高くてマズくて健康に悪いからダメだ。

ファストフードも同じ理由でダメ。

お母さんの料理が一番おいしいだろ?何で嫌なんだ?

という両親のスタンス。

 

小さい頃はマックのハッピーセットとか、

友達が持ってると欲しいじゃないですか。

 

マクドナルド連れてってよー!

って言うんですけど、

まったく取り合ってもくれないんですよね。


僕がマクドナルドに初めて入ったの、

大学生になってからですからね。

 

親元にいる間は行くチャンスがなかった。

いくらなんでも遅すぎる。

 

初めてだからマクドナルドの注文の仕方もよくわからなかったし、

それを一緒に行った友達に

「お前マックはじめてなの?どういう環境で育った?」

とドン引きで指摘され、

いやー親が厳しくてさあ…

と苦笑いするしかなかったですね。

 

 

あと強烈に記憶に焼き付いているのが、

小学生のころ。

お正月、親戚同士の集まりでてんぷら屋さんに行ったんですね。

 

それでわいわい座敷に座らされて、

外食なんてめったにさせてもらえないし、

子どもながらにテンション上がってたんですよ。

 

そしたらメニューを見た親父の顔色が変わって、

「やっぱ帰るわ」

って親父が言って、僕の家族だけ帰りましたからね。

 

えええええええええええ!?!???

ってなりましたよさすがに。w

 

親戚の人たちもみんないるのに、

なんで俺らだけ帰んの???

 

うちは天ぷらも食べられないくらい貧乏なの???

と幼心に衝撃を受けました。

小学生の時、僕だけ10年物の初代ゲームボーイで遊んでいた

貧乏エピソードは山ほどありまして。

だから娯楽にお金を使うなんてもってのほか。

ゲーム機は高いから我慢しなさい。

そんなの使ってたら目が悪くなる。

とオカンに教育され、

超欲しかったのにずっと買わせてもらえませんでした。

 

 

僕は今アラサーですが、

子どものころは友達のみんながゲームやってました。

 

ポケモンが流行ってたし、

ニンテンドー64とかプレステ2とかも

小学生のころクッソ流行って

友達はみんな親から買ってもらってました。

 

 

僕が持っていたのはでっかいゲームボーイ。

超でかい、単三電池4つつかう、白黒画面の、

ゲームボーイです。

僕が生まれた年に出たので、

僕が小学生のころはすでに、

発売されて10年が経ってました。

 

そのころすでにめちゃめちゃ時代遅れなゲーム機です。

さらにそのゲームボーイも親に買ってもらったわけではなく、

親戚の兄ちゃんがいらないからあげる。

といってくれた、手垢で真っ黄色になってたお下がりでした。

しかも電池の蓋がなくなって、電池剥き出しの状態。

貧乏丸出しで、子供ながらにめちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 

みんながゲームボーイポケットでポケモンやってるときに、

僕だけでっかい初代ゲームボーイでやってるときは、

人生って全然平等じゃねえなあ。

って子どもながらに悟ってました。

 

 

友達にも、

しーなのゲームボーイ古っww

お前んち貧乏だもんな。

とドストレートにバカにされてました。

 

 

僕は、

うるせえよバカ。別にこれでもポケモンできるから。

お前みたいに新しいの買ってもらわなくてもできんだよ。

 

 

みたいに逆に強がってイキッてました。

哀れすぎる、小学生の僕。

素直になれず、プライドだけが自分を守る鎧でした。

 

 

そもそもお金の使い方がへたくそなのは自分の両親です。

 

学校に居場所がない。友達がいなかったのでネトゲのチャットにハマった

親の教育方針はよくわかんなくて、

別にお金を使わないのであれば、

ゲームをやること自体は止めなかった。

 

 

だから僕はゲームボーイもずっとやってました。

 

 

中学生になり、僕を堕落させるネトゲと出会うことになります。

 

 

中学でできた友達の家に遊びに行くと、

なにやらパソコンでゲームをしてるんですね。

それがメイプルストーリーとの出会いでした。

懐かしすぎる。

 

うちは貧乏だったんですけどなぜかパソコンはあって、

それが不幸のはじまりでした。

 

 

僕は運動もできず、頭も悪く、

体も小さかった。

特技と言えるものが何もない。

 

 

中学になると小学生の頃とは成長速度に差ができて、

体格のいいやつとか出てくるじゃないですか。

僕は身長150センチのおチビで、

ガリガリにやせ細ってるんですよね。

 

 

運動も勉強もパッとしないどころか、

ダメダメなやつだったので、

僕は学校が超面白くない場所になりました。

 

 

ゴリラみたいなやつをからかって、

ボコボコにされて泣いたこととかもあったなあ…。

 

 

小学校からの友達は運動部に入って、

めきめきと成長していくのに、

僕は最初からそういう努力をすべて放棄して、

違う場所を求めました。

 

 

努力するのとか超めんどくせえ。

あいつらバカか。

部活なんてやっても意味ねーのによくやるわ。

 

というスタンスで自分を守っていました。

いやお前がバカだろって話なんですが。w

 

そういうやつって好かれるわけないじゃないですか。

というか普通に嫌われまくったので、

学校に居場所がない。

でも友達が欲しい。

だから僕はネットの世界に居場所を求めました。

 

 

ネトゲの世界は最高でした。

自分の見た目を変えられる。

僕と同じような境遇のやつもたくさんいる。

 

 

どっぷりハマりました。

その当時メイプルストーリーは、

めちゃくちゃユーザーがたくさんいて、

チャットでおしゃべりをする相手には困りませんでした。

 

 

レベルアップするとみんなが褒めてくれる。

強くなると探検できる場所が増える。

友達もたくさんいる。ネット上には。

 

成功体験を全く積み重ねていなかった僕にとって、

メイプルストーリーは最高のゲームでした。

ネトゲが楽しすぎて不登校になる。
最悪な不登校の引きこもり爆誕

ネットゲーム内の生活が充実していくにつれて、

現実の僕の暮らしはどんどん壊れていきました。

 

まず、中学校から即帰宅してパソコンの前に座る。

そして寝るまでずーっとそこから離れない。

パソコンはリビングに置かれていました。

 

 

親はめちゃくちゃ怒鳴るんですよ。

お前いい加減にしろ!!!

と。当たり前ですね。

何時間も狂ったようにゲームしてるんですから。

 

 

で、僕はそれを無視して延々ネトゲをやる。

 

 

ご飯もすごい勢いでかきこんで、

すぐにパソコンに戻る。

 

 

マジでてこでも動かない。

 

 

親もほとほと困り果ててましたね。

でも、そのころの僕は、

「お前の育て方が悪いから俺はこうなった」

「俺のせいじゃない」

という思考でした。

 

学校も理由をつけてはサボり、

親が仕事に行っている間ずーっとゲームしてました。

 

ある日急に怖くなり、ネトゲをアンインストールする

その調子で中学を卒業し、

高校もすげー頭の悪いとこしか合格できませんでした。

偏差値は30後半〜40そこら。

 

 

ヤンキーばっかだったので、

いじめとか喫煙とかもう

むちゃくちゃな問題だらけのとこで、

怖いからやっぱり不登校になりました。

 

 

まだネトゲはやり続けていたんですけど、

その頃、ゲーム内でできた仲の良い友達が、

進学とか就職とかでどんどんゲームを辞めていったんですよ。

 

 

そんな時、急に怖くなって。

俺、やばくない?

何にもしてねーんだけど。

この4年間。

え、このままだと俺どうなっちゃうの??

 

いきなり、突然、急に、

何もかもが怖くなって、

将来を考えました。

 

 

確かにネトゲは楽しい。

でも、現実は悲惨。

こんなことを続けてたら俺は一生クソになる。

 

そう思って、泣く泣く、

ネトゲをアンインストールしました。

 

何度もまたインストールしそうになりましたが、

めっちゃ我慢してたらいつの間にかネトゲを忘れて。

そこから勉強して微妙な大学に行き、

変わろうとするもののそんなにうまく事は運ばず、

結局変われず、また色々失敗するわけですが。

 

電車の中を見渡すと、みんなゲームやってて怖い。

それ以来、僕はほとんどゲームをしなくなりました。

パズドラもポケモンGOもやったことありません。

ニンテンドースウィッチもPS4も持ってません。

 

 

ゲームすると際限なくはまってしまう

自分が嫌だからです。

 

 

電車に乗ると、

みんなスマホゲームに夢中ですよね。

 

若い人もおじさんおばさんも。

昔の自分を思い出して、

怖くなります。

 

ゲームやる暇があったら、

勉強して現実のレベル上げしたほうがいいじゃん。

そしたらお金稼げて楽しいことが現実でできるようになるのに。

 

そういう当たり前の現実に、

貴重な若いころの4年間を無駄にした結果

気が付きました。

 

 

現実のレベルが上がると、

現実でモテるようになるし、

現実でおいしいものが食べられる。

現実でお金が貯まって、

現実で楽しいところに行ける。

 

 

それはゲームよりも楽しいことですよね。

僕はそんな簡単なことにも気が付かなかった。

超大馬鹿野郎でした。

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1 個のコメント

  • 文章に引き込まれました。
    しーな先生は、自分から、ゲーム漬けで、ヤバい、と気が付かれ、ゲームを自分でやめる決心をされて、立派だと思います❢
    そこが、人生の大きな分かれ道の一つになってらっしゃると思います。自分で人生をつまずきながらも、決断されている、現在だけでは決めつけられない、人生は自分次第で、最悪の状態からでも変わることができると、勇気づけられるお話でした。

    ゲームに興味がない私にはゲームの魅力がわかりませんが、私の息子も中学1の半ばから家にいるときは衣食風呂睡眠以外は秒単位で走ってパソコンの前に走り、ネトゲにはまり、ご飯は慌てて立ったまま食べ、食べ散らかして、トイレも慌てて、オシッコを散らかしていたり、そのうちご飯を食べなくなり、グミやお菓子しか食べない時期も続いていました。

    私は息子の幸せの為と思って、小学生から進学塾に行かせたり、プレステなどのゲームもない方が良いと思い、与えていませんでした。小学では、友だち付き合いは活発で、よくいろんな子が家にきて、楽しくゲームを借りたりして遊んでいました。

    中学で勉強についていけなくなり、それによりバカにされたり辛いことがあり、引きこもりで、一切家族以外の他人に見られたくない、という状態になりました。

    カウンセラーからは、成長していけば、徐々に良くなっていくから、毎日食う、寝る、出すで生きてさえいればよい、と聞いていたし、自分は昼は仕事で、昼間まで心配していたら、仕事にならないし、接客業で明るく応対する必要があるので、昼間は非常にわりきって、仕事に集中していました。

    子供がおかしくなったときは、解決策を探したり、環境を整えたりして、焦らず良くなることを信じて、少しずつ現実が見られるように、前向きになっていくように、なるべく楽しく、軽やかな雰囲気で接して行くのが良いと、自分では思っています。

    私は子供には、出かけられるときは、沖縄や、釜山、いろんなところに連れていたりっ、外食もたくさんして、一緒に楽しく過ごせるようにしたのですが、ゲームにハマっていく過程も、人それぞれ、家庭それぞれだと想いました。

    どちらにしても、何か不全感、現実逃避、劣等感、ゲームに中毒性がある、などの理由が当てはまるのかな、と思います。

    良く変わっていける希望を持って、頑張っていこうと思いました。どうもありがとうございます❢

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    経営コンサルタント/会社経営/書籍出版/古着転売/古着転売塾クラスタ代表/古物商 大学卒業後、新卒で入社した会社を上司のパワハラにより退職。アフィリエイトやAmazon転売などのネットビジネスに失敗したのち、古着転売ビジネスで起業する。「古着の仕入れ、ネットでの販売、梱包・発送」の大部分を自動化し、金銭的・身体的・時間的自由を手に入れる。過去には会社員を中心に、学生、主婦、フリーランサー、経営者など、新規事業立ち上げやマーケティングを視野に入れたビジネスマンへのセミナーを開催。また全国で100名を超える受講生が参加する、マーケティングを軸に古着転売を総合的に教えるビジネス塾を運営している。